ブレストまで何マイル?
ロードバイクと共に過ごす日常。

BMW 320i Mスポーツ インプレッション

6月 6th 2021 in car

昨年より、乗り換えを考えて様々な車を試しているので感じたことを書き残してみます。
今回は初めてBMWに試乗してみました。乗ったのは3シリーズの中位モデル、320i Mスポーツ。

■エクステリア


フロント周りの迫力があり、前の世代よりもエクステリアは好み。リアも高級感があります。車幅は1825でほどよくコンパクト。立体駐車場にも入るサイズです。

■インテリア


※写真はZ4のもの。インテリアはほぼ同一。
一昔前のBMWは内装のチープさが気になりましたが、今の世代は十分な高級感があり、ライバルのメルセデスCクラスと比べてもそれほど見劣りしない質感。豪華さはメルセデスに一歩劣るものの、スポーティで引き締まったシンプルな構成、革と加飾の品質なども大人が乗るにふさわしい雰囲気でした。

■ドライビングフィール

Cクラスと比べると、まず着座位置の低さが感じられます。乗り出して、目の前の道路に出るだけでステアリングとサスのダイレクト感がわかる車でした。低い目線と車の動きを細かくを感じられるフィーリングで、すぐに走る気持ちにさせられます。

実際に走ってみると、何よりもシャーシとサスペンションとステアリングの素晴らしさに感動。ハンドルを切ればクイックに曲がり、カーブではサスが車体をうまく支えながらも大きくロールすることはありません。そしてシャーシの剛性が高いので安定感が抜群です。ダイレクト感にあふれているのに路面からはゴツゴツとしたインフォメーションはなく、ハンドリングもクイックなのにピーキーな感触ではなく、走り全体に上質さと信頼性を感じられます。

ポルシェ911やNDロードスターはスパルタン過ぎて疲れる感覚がありましたが、BMW 320iはそのような不快感はなくスポーティながらも快適さがあります。メルセデス・ベンツCクラスでは、複雑な制御で車の動きをドライバーに伝えることなく隠蔽してしまっている感があるのですが、この車はそんなことはなく、車がどのように動こうとしているのかが体で感じられる。そして限界域が高く、あらゆる挙動に余裕をもっている車でした。見事なパッケージングです。

スポーティなのに乗っていて不快感がない。素早く動かしてもポテンシャルが高いので怖さがなく、余裕がある。この印象は以前に乗っていたRX-8に近いものでした。(RX-8は元々3シリーズを
ベンチマークとして開発された車なので、なんとなく納得しました)

足回りとシャーシの作りはこれまで乗った中ではポルシェ911に次ぐ素晴らしいものでした。悔しくもありますが、以前の愛車RX-8よりも上だなあと感じます。旋回性能だけならRX-8やロードスターやGRヤリスの方が上だと思いますが、BMWは車の挙動の安心感・安定感に独特の凄みを感じます。
メルセデスCクラスも極めて高い走行性能を持っていますが、徹底的にドライバーに挙動を感じさせないように作られているので、直接的に車の作りの良さを感じられるBMWにはただただ感動。

「メルセデスはドライバーを信頼しないことで安全性を確保する思想、BMWはドライバーがクイックに操ることが安全という思想で作られている」と営業さんが言われていましたがまさにその通りの挙動でした。

■静粛性

特筆すべき点の一つが静粛性。セダンという形状も有利に働いているのか、高速時ロードノイズなどがほとんど入ってこないほど高い静粛性をもっています。フロントガラスが二重になっていたりと工夫しているのだとか。ライバルCクラスと比べても一段上の静かさを持っています。
静かなことで、エンジン音を楽しめないというデメリットももたらしていますが、それにしてもこの静かさは見事。

■エンジンフィール

320iの欠点はエンジンのフィーリングでした。2L直4ターボ、184psのエンジンはスムーズに回るものの、高回転に吹け上がる感触がまったくなく、回して楽しむということはできません。
低回転からそれなりのトルクがあり動力性能としては十分なのですが、ダウンサイジングターボだなあという物足りなさが目立つエンジンでした。258psの330iだと多少違うのかもしれませんが、ウェブでのインプレション記事を見ても、330iでもエンジンを楽しむ車ではない様子。

プラス100万出すと300psのAMG A35を買えてしまいますが、A35のエンジンは実に素晴らしいサウンドとフィーリングでした。それに比べると320iのエンジンは、車を動かすだけのものになってしまって官能性がなさすぎるのではないかあなと感じます。

ATのMTモードにすると勝手に変速しない作りなのは好ましいですが、エンジンフィール自体を楽しめないのであまり使う気になれませんでした。

■総評

初めて乗ってみたBMWは足回りが本当に素晴らしく感動的なレベルでした。
しかし、2L直4のターボエンジンはかなり期待はずれで楽しめるものではなかったのが残念です。同じ2LのロードスターRFやAMG A35のエンジンフィールはどちらも素晴らしいので、もう少しなんとかならなかったのかなあという印象です。

とは言え、BMWの看板車種3シリーズだけあって、パッケージとしての完成度は素晴らしいものでした。地面に張り付いているかのようながっしりとした安定感はポルシェ911に近く、しかも不快感が全く無いというスポーティさと上質感を両立させているクルマのバランスの良さは圧巻です。

唯一の欠点であるエンジンフィールは直6のM340iでは解消されているのでしょう。しかし320iの600万円に対してM340iは1000万円なので、ここまで出すなら他の車の選択肢がでてきます。
ECUの設定を変えて、もう少しエンジンを回す楽しさを付加してくれるといいなあと思った一台でした。

直6 NAでMTがあった時代の3シリーズは本当にすごい車だったのでしょう。初めてのBMW試乗でそれを感じることができました。


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封切り初日にバルト9でシン・エヴァンゲリオン劇場版:||を観てきました。エヴァを知ってから早25年。なんと四半世紀も経ってしまいました。前作のQはあまりピンとこなかったけれど、これだけ長い付き合いの作品の最終章ですから義理として見に行かないわけにはいかないだろう、くらいの気持ちでした。

見終えた今、圧倒されています。初回を見た後ですぐに気持ちを文章に残すつもりでしたが早くも2回観てしまいました。

※以下ネタバレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
■印象
これほど説明的で丁寧なエヴァは初めてでした。TVシリーズを含めた過去のすべてのエヴァンゲリオンという物語を完結させるという監督の強い意思を感じました。

TVシリーズと新劇場版はパラレルワールドであり、渚カヲルだけが複数の世界線のすべてを俯瞰しているということは以前から示唆されていました。今作ではシンジがすべての世界線を認識し、エヴァがなくても良い世界に再構築するというある意味では予想通りの結末でした。まどかマギカの結末が同じものだったので、先にやられてエヴァの終え方が難しくなったのではと感じていましたが、ほぼ同じ展開でした。(エヴァQからシンまで8年の間が開いているのは、まどマギと時間を空けたかったことも一つの理由なのでは、と感じます)

しかし、すべてのエヴァ世界とキャラクターへの愛に溢れた展開はエヴァファンを満足させる圧倒的なものでした。すべてのお話にケリを付け、全てのキャラクターにありがとうと言って周ったかのような丁寧なストーリーとエンディング。
映画を見終えたファンが満足しきってしまい、まるで皆がLCLに溶けたような満たされた感覚のまま無言となりました。
人類は補完されたのです。
■内容について
TV版のエヴァは、思春期の少年が自己と他者の違いに気づき、怯え、他者と異なる自己がいても良いのだと、少しだけ肯定するまでの悩みの物語でした。シンジの心象風景を比喩的に表現したものがエヴァンゲリオンという物語であり、心の有り様一つで「エヴァンゲリオン」は出現しない、異なる世界が作れるのだとシンジが気づくところで物語が終わりました。

しかし新劇場版では、シンジは序の時点からTVシリーズの時ほどは他者と自己の関係に悩んでいませんでした。彼は悩みながらも自己の決断に責任を持つ覚悟を持つ頼もしい少年でした。
そうなると、そもそもシンジの悪夢のメタファーであるエヴァンゲリオンという物語が存在する理由がありません。序・破・Qと進むにつれて、シンジもアスカもレイさえも心の有り様に悩んでいない状況であることがわかり、新劇場版は何の物語なのかがわからなくなってきました。
シン・エヴァではカヲルからシンジに対して「君はとっくに立ち直っていた」と語られるほど、シンジは自立していました。

シン・エヴァでは、誰よりも打ちひしがれているのがゲンドウであることが明確に描かれました。旧作は初めての他者を怖がっていたシンジの物語であり、新劇場版は唯一心を許した他者を失ったゲンドウの苦悩の物語だったのかもしれません。

新劇場版の宇多田ヒカルの歌詞はエヴァのものとしてはピンと来ないと感じることもあったのですが、ゲンドウのユイへの気持ちを歌ったものなのだと考えると納得です。

<Beautiful world>
もしも願い一つだけ叶うなら
君の側で眠らせて
どんな場所でもいいよ
Beautiful world 迷わず君だけを見つめている

<桜流し>
もし今の私を見れたなら
どう思うでしょう
あなた無しで生きてる私を

<One Last Kiss>
もう分かっているよ
この世の終わりでも
年をとっても
忘れられない人
■補足
トップをねらえ!を彷彿とさせるシーンが多かったことなど、Qを観た時の予想は案外当たっていたように思います。
(時間軸のズレ、白いプラグスーツを着た後ろ姿の二人が並ぶシーン、2つのマシンが無数の怪獣を蹴散らして宇宙の中心に突進するシーン、など裏宇宙のシーン全般)

「おかえりなさい」はなくとも、新弐と8号機でイナズマキックくらいはしてもよかったんじゃないかなあ。
■アスカについて
圧倒的な満足感と感動を覚えた今作ですが、唯一ラストシーンがシンジxマリだったことには強い違和感を感じました。

マリとシンジはラストシーン直前で自己紹介をする程度の薄い関係でしかありません。
庵野監督によればともすれば同じ物語になってしまうエヴァを壊す目的で新キャラクターのマリを投入したそうです。シンジがエヴァのない世界を作り歩んでいくためには、これまで関わりのあった女性(アスカ、レイ、ミサト)とではなく、新たな人と関係性を築いていかなければならない。その意味でのマリだったのだろうと思います。

ということはわかるものの、これまでのアスカとシンジの物語はどうなるんだともやもやした気持ちがありました。しかし、二度見てシンジがラストシーンでいわゆる「アルティメットまどか」のポジションになったことを理解し、最後の浜辺に横たわっていたアスカが旧劇場版のプラグスーツを着ていたことで納得しました。

裏宇宙のシーンで登場するキャラクターは、TVシリーズや新劇場版など、全ての世界線・パラレルワールドの記憶を統合した概念のようでしたので、あのシーンのアスカは惣流や式波など、全てのパターンの「アスカ」というキャラクターの思念を統合した存在だと考えられます。

TVシリーズ・新劇場版通してシンジにアプローチし続けていたアスカ。シンでは死装束に身を包んで最後にわざわざシンジに告白しにきたアスカ。あの浜辺のシーンは、それらのすべてのアスカに対して「好きだったよ」とシンジが言いに行く、すべてのアスカが救われた感動的なシーンでした。
ちなみに28歳バージョンだったので、エヴァの呪縛が解けていた状態だったのでしょう。

宇部新駅のプラットフォームではシンジとマリ、カヲルとレイがカップルとして登場する中、アスカは一人で左端に座っていました。新劇場版ではケンスケといるときも私は独りと言い続け、14年前に好きだった少年を忘れられないまま大人になっていたアスカですが、統合された世界ではどうなるのか。

シン・エヴァからは、エヴァを終えて現実に還りなさいという監督の強いメッセージを感じます。そのメッセージのためにはシンジはアスカではなく新キャラと歩まなければならなかった。
しかし、ラストシーンにケンスケがいなかったのは、多少アスカとファンを気遣ってくれたようにも感じました。
■最後に
今作はシンジ、アスカ、レイ、ミサト、ゲンドウなどの全てのキャラクターとファンに対して、そしてパンフレットの記述を読むとおそらくは演者に対しても、監督の強い優しさを感じる内容でした。全てのストーリーとキャラクターに対して、監督がありがとうと言っているような錯覚を覚えました。

ありがとう、庵野監督。
アスカ、シンジ、そしてすべてのエヴァンゲリオンにありがとう。

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